9月5日・6日、これまで一緒に珠洲へ足を運んでくださったボランティアのみなさん、そして今回初めて参加する若者たちと、珠洲市へ伺いました。
5日は三崎地区で「みさきこどもえんにち」を開催。
流しそうめんのあと、子どもたちと取り組んできた米づくりの稲刈りへ。夕方からは、子どもたちが自分たちで準備したショータイム。そして、焼き鳥や焼きそば、かき氷、射的、ヨーヨーすくい、くじ引きなどの子ども縁日。にぎやかな夜になりました。
翌6日は、高屋地区でお好み焼きランチ会。大きな鉄板で次々とお好み焼きを焼き、みんなでいただきました。
今回の活動には、いつもお世話になっている関西よつば連絡会のみなさんにもご協力いただきました。 お忙しい中、珠洲まで足を運んでくださり、本当にありがとうございました。
子どもたちのショーを見ながら、震災直後のことを思い出していました。
能登半島地震のあと、関係するNPOからの要請を受け、珠洲での活動は学童保育のサポートから始まりました。その後、中心部に比べてサポートの手が届きにくかった三崎地区を紹介していただき、通うようになりました。
まちじゅうががれきだらけで、子どもたちが安心して遊べる場所もほとんどありませんでした。そんな中、炊き出しの食事をつくっていると、
「ねーねー、遊ぼう!」
と、子どもたちが何度もやってきました。
そこから、一緒に食べ、遊び、また会う。
珠洲へ通い、海で泳ぎ、田んぼに入り、いろいろな時間を一緒に過ごしてきました。大阪をはじめ各地からも、たくさんの方が一緒に珠洲へ足を運んでくださいました。
珠洲だけでなく、橋本でも一緒に過ごす時間がありました。夏休みや年末年始には高校生が、東南ロータリークラブのみなさんが企画・招待してくださった大阪・関西万博のツアーでは親子が、橋本市にあるCPAOの拠点に来てくれました。一緒に寝泊まりして過ごしました。
今回、あの頃よりずいぶん背が伸び、小さかった子が今度は小さい子を気にかける姿もありました。
以前、ある保護者の方が、
「私たちはたくさんのものをなくしたけれど、地震がなければできなかった良いことも経験した」
と話してくださいました。
その言葉が、今も心に残っています。
振り返れば、珠洲でも、橋本でも、大阪でも、何度も会い、一緒に食べ、遊び、過ごしてきた。その時間と関係そのものが、「居場所」だったのかもしれません。
これからは、保護者のみなさんが活動を続けてくださるとのこと。
今回をもって、CPAOの珠洲での定期的な活動はいったん一区切りにします。
三崎地区、高屋地区のみなさん、関西よつば連絡会のみなさん、そしてこれまで一緒に珠洲へ足を運んでくださったみなさん。
本当にありがとうございました。










